家も寝静まった後、
僕はいそいそとベッドから抜け出した。
舌が蕩けそうなほど甘くした紅茶を
ステンレスのタンブラーに注ぎ入れ、
小脇に抱えた肌触りの良い毛布を落とさないように、
空に一番近いところへ向かう。
……まぁ空に近いなんて言っても、
たかが知れているけれど。
もぞもぞと屋根の上に這い出して、一息吐く。
毛布を敷いて、
紅茶をカップに注いで、
と手慣れた手順をなぞる。
そんな居心地の良い小さな空間が
出来る頃には、傍に置いた蛍石ラジオが
ちかちか
と明滅を始めていた。
旧新月の暗い星空の下で蛍石だけが柔らかく光る、
この瞬間が僕は一等好きなんだ。
午前二時、ノイズ混じりの音声が
優しく僕の耳朶を擽る。
『ハローハロー、聞こえていますか、
この世界にいる夜更かしな誰か?』
聞こえているよ、と口の中で呟く。
世界は僕と旧新月の夜更かしな君との二人だけ、
そう思えるこのひとときが、
僕のささやかな幸せだった。